2017/12/06

高校中退したぼくが「田舎フリーランス養成講座」を受けてフリーランスになるまで

はじめまして、おのたくと申します。
中卒でフリーランスやっている19歳です。

ぼくは高校を中退してから紆余曲折を経て田舎フリーランス養成講座に流れ着き、そこで学んだライティングとコーディングで生計を立てることができています。

今でこそ、こうしてフリーランスとして仕事をしていますが、ほんの少し前まではライターやコーダーとしての経験はもちろん、企業で働いた経験すら全くありませんでした。

それどころか、田舎フリーランス養成講座に参加する直前まで「ブラウザ」の意味すら知らないほど、パソコンにうとい人間でした。

そんなぼくが一体なぜフリーランスになったのか、その過程と実際にフリーランスとして働きはじめてからのことについてお伝えしようと思います。

・じぶんでもフリーランスとしてやっていけるだろうか
・スキルのない状態からフリーランスになれるだろうか
・フリーランスになるのに年齢はネックにならないだろうか

ぼくの体験談が、このような悩みを抱えている方の参考になれば幸いです!

高校中退

ぼくが高校を辞めたのは、16歳の夏のことでした。

ナルコレプシーという、なんの前触れもなく強烈な眠気に襲われる病気が、高校を中退せざるをえなかった直接的な原因でした。

授業に出席しても眠ってしまうし、やすみ時間は保健室でひとり仮眠をとらなければならない。それどころか、眠気を抑えるための強い薬を服薬しなければならない。そんな生活は、心身ともに相当こたえました。

気がつけば、ぼくは学校に行くことができなくなっていました。

眠らずに日中活動するためにと服薬としていた薬のせいで体はボロボロでした。ただただ生きていることが辛かったです。苦しみから逃れようとオーバードーズしたことが原因となり、閉鎖病棟の保護室に緊急で収容されたこともありました。

個人的にはあまり好きな表現ではありませんが、当時のぼくは典型的な「うつ状態」にありました。あまりに辛かったために、今振り返っても胸が締め付けられます。

そんな状況下での復学は不可能だと判断したぼくは、約1年間籍を置いた高校を逃げるようにして辞めました。

これが、数年間に渡る逃避と失態の日々のはじまりでした。

心機一転、海外留学を志すも…

全日制高校を辞めてからのぼくは、いかにして下克上を達成するかばかりを考えていました。いわゆる「普通のレール」から外れてしまったがために、当時のぼくは常に劣等感や焦燥感に駆り立てられていました。

とにかく何かしら結果を出さなければ、負け犬のまま一生を終えてしまう。それだけはなんとしてでも避けなければ。今思えば恥ずかしくてたまったもんじゃありませんが、当時はこんなことばかり考えていました。

そこでぼくが目をつけたのが、海外留学という選択肢でした。

国公立大学に進学することこそが成功とされる風潮がある高校に在籍していた反動からか、留学というマジョリティな選択肢を取ることは非常に理にかなっているように思えたのです。

もちろんやるからにはトップを目指したい。そんな至極単純な理由から、UCバークレーという世界のナンバーワン公立校を卒業することを目標に掲げました。

カレッジに入学するための英語学習や、留学資金を貯めるためのアルバイトに精を出す日々。当時のぼくにとっては、劣等感が唯一のエンジンでした。

しかしながら、そんな海外留学の計画はあっさりと潰れてしまいました。

英語学習やバイトに精を出す一方で、タバコやアルコールに女の子、と乱れきった生活を送っていたために、単位を落として通信制の高校を卒業できなかったのです。

海外の大学とはいえ、高校卒業の資格は必要です。あれほどまでに情熱を感じていた留学の話は、自らの怠惰な生活でいともカンタンに無くなってしまいました。

こうして高校に引き続き、ぼくは海外留学からも逃げてしまったのでした。

父の休職をきっかけにブログを始める

海外留学を断念するほんの少し前に、ぼくがフリーランスにぐっと近くキッカケになったもう一つの出来事がありました。実の父の休職です。

これまで毎日忙しく働いていたサラリーマンの父が、心労を理由に仕事を休むことになったのです。休職期間は1ヶ月とそこまで長いものではなかったものの、当時のぼくにとってはかなり衝撃的なできごとでした。

当時、18歳のぼくは仕事や働くことについてこのような考えを持っていました。
・定年まで同じ会社に務めることが普通
・サラリーマンや公務員こそ安定している
・じぶんの父には休職なんて関係ない

しかしながら、このような甘っちょろい考えは簡単に打ち砕かれました。それだけ、父の休職というのは世間知らずのぼくにとって衝撃的なものでした。心地の良い夢が醒めて、現実を突きつけられました。

この一件を通して、どんなことがあろうとも自分で食えっていける地盤を作らなければならないと考えるようになりました。

当時はバイトに加えてせどりなどで稼いでいたものの、持続性がないことには悩まされていました。そこで、ぼくが着手したのが「ブログ」でした。「不労所得」って言葉に踊らされたなんて、恥ずかしくて口が裂けても言えません……

動機はどうあれ、ブログを始めたことでぼくの人生は思いもよらぬ方向へと猛スピードで転がって行くのでした。

田舎フリーランス養成講座に参加してみて

ブログを始めてからしばらくして、ブロガーのぶんたさんから田舎フリーランス養成講座の存在を教えていただきました。

留学という目標を失って、これから先どうしようか悶々と悩んでいたぼくには、この講座に参加することで何かが変わるように思えました。

正直なことを告白すると、当時はフリーランスという生き方がいまいちピンと来ていませんでした。けれども、まずは動いてみないことにはどうしようもないなと思い、思い切ってこの講座への参加を決断しました。

田舎フリーランス養成講座で過ごした1ヶ月は、これまで生きてきた18年間でもっとも毎日が刺激的な期間でした。

新しい土地で、新しい仲間と、新しいスキルを学ぶ1ヶ月は、まるで小学一年生にでもなったかのような清々しい気持ちで過ごすことができました。過去のじぶんを脱ぎ捨てることができたようにも思えます。

田舎フリーランス養成講座の魅力の一つには、多様性に満ち溢れているという点もあげられます。様々なバックグラウンドをもつ人々と1ヶ月をともにすると、じぶんの小ささを自覚させられます。小ちゃなことで悩んでいることが、バカバカしく思えてきます。

田舎フリーランス養成講座には、旅人も引きこもりも、輝かしい過去を持っている人も、隠したい過去を持っている人もさまざまな人が集まります。そして、それを互いに尊重しあえるコミュニティだと思います。そんな温かい雰囲気がぼくは大好きです。

フリーランスデビューとこれから

田舎フリーランス養成講座でライティングやコーディングを学んだぼくは、講座を卒業後には地道ながらフリーランスとして仕事を受注するようになりました。

7月には部屋にこもってひたすらライティングをすることで、20万円にまで達成しそうな勢いで仕事をこなすも、アクシデントに見舞われ達成できず。ライティング熱が高まるあまりキーを打つ手が力んでしまい、エンターキーを壊してしまったのです。

それから8月には、試験的にチャレンジした外注も成功して、収益がひとつの節目でもある18万円に達するなど、ゆっくりながらも着実に歩みを進めることができています。

ぼくはこれまで、なんとなく学校に通い、なんとなくで大人になっていくのだろうなと思っていました。言い換えれば、じぶんの人生にあまりにも無責任でした。

けれども、今はじぶんの人生に責任と誇りを持っています。ぼくは自らの意思で田舎フリーランス養成講座に参加しましたし、これからも自らの意思で進む道を拓いていきます。

まずは飛び込んでみよう!

ここまで綴ってきたように、ぼくは本当にどうしようもない奴です。けれども、田舎フリーランス養成講座に参加したことで人生が一気に加速しました。

田舎フリーランス養成講座を知ったあの日に参加を決意していなかったら、未だにぼくは地元でくすぶり続けていました。この講座に参加したからこそ、小さいながらも確実な一歩を踏み出せました。

もしも、あなたがフリーランスに興味があるのであれば、まずは田舎フリーランス養成講座に飛び込んでみてはいかがでしょうか?

フリーランスとしてやっていけるか不安、年齢や学歴がネックにならないか心配。そんなふうに独りで悩んでいても埒があきません。

とにかく、まずは一歩踏み出してみましょう。田舎フリーランス養成講座は、その「一歩」におすすめですよ!

次回の田舎フリーランス養成講座は2018年2~3月の開催です。
定員僅かではあるので、気になるかたはお早めにご応募ください!


田舎フリーランス養成講座運営局

田舎フリーランス養成講座の運営局です。田舎フリーランス養成講座の日々の情報を発信しています。